温水が出ないという不便は、知恵を絞るきっかけを与えてくれる

引越しをしてからというもの、生活の形がすっかり変わってしまいました。住所も変わり、自宅の大きさも変わり、食事の内容もすっかり変わりました。

いろいろな変化がありますが、大変だと思うこともあれば、楽しいと思う時もあります。最近、困ったことといえば、温水が全く出なくなってしまったことです。引越しした当初には、温水は蛇口をひねれば利用することができました。その後も、何の問題もなく利用できていたため、このままずっと問題なく利用できるだろうと思っていました。

そして、ある日、いつもと同じようにシャワーを浴びようと思い、シャワーで温水を利用しようと水を出し続けていたところ、いつまで経っても温水が出てきませんでした。10分くらいはずっと水を出し続けていたと思います。

どうして温水が出てこないのか分からず、友人に相談してみてやっと分かりました。何と、季節的に温暖になってくると温水が提供されなくなるのです。つまり、私の自宅内部だけに限らず、地域の人々全てが温水なしに生活を強いられるというのです。限られた期間だけであって、その期間だけはお湯を沸かしていればいいだけと、友人はアドバイスしてくれました。でも、今までのおいてお湯を沸かして、シャワーを浴びることなどしたことのなかった私は、全く途方にくれてしまいました。

その日からというもの、お湯を沸かすしかなす術がないことを悟り、お湯を沸かす日々が続いています。最初はなんて面倒なんだろうと思っていましたが、それが日常になってくると、だんだんと当たり前のように感じられてきました。当たり前と感じていた生活が、便利すぎていただけなんだと考えが変わってきたように思います。

そして、お湯の沸かし方についても、いかに効率的に沸かせるかどうかを考えて工夫するようになりました。今は、ポットでお湯を沸かし、鍋でお湯を沸かすなど、同時進行でお湯を沸かしています。不便さはありますが、自分が今持っている物を最大限生かすことを考えることができ、知恵を絞って生活をすることをこの環境で暮らすことで学ぶことができました。このように考えると、不便さを味わうことは悩みの種にもなりますが、日常生活の上で頭を使うきっかけを与えてくれます。
posted by Satoshi at 22:25Comment(0)日記